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2004年 1月1日 元旦

 投稿者:やすし@おんぴこりん  投稿日:2004年 1月22日(木)21時07分33秒
  今日は初参拝にインナートリップセンターに行った。

今年は人と関わることを嫌っている父が自分から初参拝に行っておこうと母に言ったらしく、私は何も言わだすことなく、実家から2台の車でインナートリップセンターに向かった。

また、驚いたことに、今年はまつながよしろーくんのご両親も参拝されるようにご連絡を差し上げていたら、向こうから電話があり、参加されるということであった。

私の母とよしろーくんの母の対面や多くの出会いがあった。
会場全体で青経巻を上げさせていただき、くげさんたちに挨拶をして今年もよろしくお願いします。
とお話しをした。新しい今年を護守護してくださる神様にご挨拶できてよかったと感じた。

http://members.at.infoseek.co.jp/macinlove/index-2.html

 


<<霊界から直接のご指導をはじめて体験!>>2003年 12月25日

 投稿者:やすし@おんぴこりん  投稿日:2004年 1月22日(木)20時57分32秒
  職場の私の部署の者が過ってビルから転落して奇跡的に一命をとりとめた。

私はその事故の場所に行ってみたが、ゆうに15メートルはある。病院へ向かいながら、これはもうだめかもしれないと思っていたら、医者の診断と全身のスキャンを見せてもらい、奇跡的に命はとりとめたことを知る。顔面骨折・左腕、骨盤骨折、脳挫傷・とたいへんな損傷であるが、あの高さから落ちてこの状態では奇跡ですよ。と言われた。

私は縁がある方だからと、病院から戻り、せきぐち教授に連絡をし、法名を頂き全快の念願をしなくてはいけない。させていただこう。目に見えていることは全部自分に原因があると思い、その旨をお伝えした。すぐに、緊急で法名をおくさまにつけていただき、翌日からご供養をさせていただいた。

翌日、疲れながら、仕方がないと慈悲のない心で法名を読み上げてお経をあげていたら、はじめての体験で、とびあがるほど、驚いた。その体験とは・・・・・
お経の途中で自分の中に言葉とも言えぬ、なんと表現してよいかわかないメッセージがどーんと
きた。本当に驚いた。これが霊界からの直接の指導というものか!と驚き、感動をした。
その内容は「このように霊界は万全の守護をしている。おまえの部署でなかったら命もなかったかもしれない。霊界のことがまだわかないのか。真心を持って、そのかたのために動くこと」

私は、驚いた。半信半疑の中でお経をあげたり不安の中でお経をがえたりすることはないんだな。
しっかり、霊界と約束した行をおこなっていれば、必ずそこに御守護があるのだ。といことをしみじみと体験させられた。本当に霊界はある。ということを体験させられた。

<<小谷安吉先生のご法要>> 2003年 12月31日

霊友会では久保角太郎大恩師と小谷大恩師によってこの法華経の神髄が説かれたことになっているが、実は小谷喜美恩師のご主人の安吉先生の陰のの努力によって今、それがなされたと感じる。

実の弟の久保角太郎恩師を「恩師が来られるから、水を打って玄関を清めておかなくては」と真心を持って、この法のあり方をお示しなったり、陽の究呪(くじ)・霊感など多くのことを修行され身をもってお教えになられ、こころやさしく、本当に仏のような方であり、実は私はファンなのだ。
ありし日の小谷恩師の音声テープが流れる。「今日はみなさん、おおみそかのお忙しいときに法要にこられて主人の安吉も霊界から喜んでいることでしょう。」
そうして、安吉先生がどれほどの霊感があり、それを多くの人に伝え、どれほど修行されたかの
様子を小谷恩師のテープが伝える。

みんなで青経巻を上げさせていただき、代表でいむらさんがあいさつをされ、「日々の修行で陀羅尼経をあげてください。これは神力を身につけ、正しく人を救うのに役に立ちますから。」と
お話しを頂いた。
私はお経をあげながら、「今年は霊界から大役を頂き、修行を与えて頂き、また、多くの御守護を頂き本当にお礼申し上げます。」と心で言いながらお経を上げさせていただいた。

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<<くげさん宅:今年最後の集いに参加>> 2003年12月24日(水)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 5日(月)02時25分19秒
  今年は大変くげさんにお世話になったので、今年最後のくげさん宅の集いに参加させて頂くことにした。
お邪魔するとすでにお昼に今度お導きになられた新聞販売店にみやけさんと行かれていて、
そこで悩いんでいる息子さんも一緒にお経をあげられて、同時に3人とも入会されて、驚いた。とくげさんがいわれてた。

くげさんは
「無理にお導きしょうとは思ってなかったし、まさか息子さんまでお経をあげると気持ちがよいので、私もすると言われ入会など希望されると思っていなかった。ただ。ご病気がよくなるように御法名をお納めさせていただきこちらでお経を上げさせていただくだけだと思っていたから驚きました。」と言われ、さらに、息子さんが、前日にカーテンの向こうが星が落ちてきたかのように光ったので、きっと自分にも何か希望がやってくると感じた。そうして、くげさんたちが来られたので、一緒にお経をあげると気分がとってもいいので、自分でもやりたいと思われたということをお聞きした。
霊友会は入会したからと言って何が変わるでもなし、知らない人から連絡もこないし、導いたものしか連絡しない。なんだか教団あってないような感じだと私と同じような感じも受けたとのいことも聞いた。

そうだよな。何にも変わらないよな。導いたものが動かないと、その人の縁で動いているんだからな〜。まさに教団あってなきが如くで、本人がやるしかないんだ。だから、自然でいいのかなとも感じた。

今日はくげさんご夫妻お二人だけの集いであったが、やむくもに会員を集合させるより、その場と時を選んで行わせて頂く集いはいいな。みんな家族みたで、ざっくばらんで。。と感じた。
1年間のお礼を言い今年最後のお経をあげさせて頂き早めに引き上げた。
 

<<くげさんみやけさんご夫婦が突然の来訪に恐縮>> 2003年12月21日(日)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 4日(日)01時26分33秒
  ようし、昨日の続きの全巻をあげてやるぞ。と思っていたら、突然くげさんからお電話を頂いた。
なんとせきぐち教授のお父様の御法名があるなら、その亡くなられたご供養にお経をあげさせて頂きたいとのことで、私は大変恐縮して、いつでもどうぞ。とお答えした。

しばらくして、くげさんだけだと思っていたら、くげさんご夫妻、みやけさん、みやけさんのおまごさんの小学生まで来られてあわててしまった。

まず、はら家の御守護神にと大変丁寧に青経巻を40分くらいゆっくりあげられた。
さらに、今度は私が導師をしてください。と言われて、せきぐち教授のお父様の御法名
「寿生院忠作導徳善士」と2度呼ばせていただき、せきぐち教授のお父様だけに向けて青経巻をまた丁寧にあげて頂いた。

私は昨日のスピードにまかせたお経とこの方々の真心のこもったお経の違いを体験した。
きっと霊界はお経とはこのようにあげるんですよ。昨日のように数だけあげるものではないですよ。と伝えて頂いたのだと感じた。

本当にすべては何かやるとこうして結果がでるという縁起なのだ。とも思った。また、他の支部の支部長さんのためにわざわざ休日をさいてこうして来ていただけたことに感動をした。
こんな霊界を通したつながりはほかにないな〜と感動もした。

また、小学生なのにこの2巻の長いお経をあげてくれたおまごさんにも感動した。お経をあげる
とはこういうことなのだ。と思った。

夜、東京のせきぐち教授にくげさんたちが来られてこのようにお父様に向けて丁寧にご供養にこられました。とお電話でお伝えすると
「なんとありがたいことですかね。お礼を言いたいので、電話を教えてください」とのことだった。

あ〜このように霊界は次の縁をつくっていくのだ。これは、これからこの縁が動くために必要だからだなと強く感じた。
支部など違っていても九州の地の因縁をなんとかするんだよ。と霊界から教えられた。
 

<<全巻修行を1日でと挑戦>> 2003年12月20日(土)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 4日(日)01時07分58秒
  今日はぽっかりとあいた休日となった。やることはあるが・・・・・

一度やってみたかった修行をやってみようと思った。それは法華経の無量義経徳行品第一から最後の仏説観普賢菩薩行法経まで1日かけてやってみるということだった。

こういうことはふつうやめなさいと止められる。集中できないし早朝からはじめても夜までかかると聞いていたし、在家の修行だからお経ばかりあげてもだめだからだ。

しかし、一度は体験してみたい。私の全巻を読む修行は1日は序品、2日は2番の方便品第二とひにちに対応した数を毎日一巻ずつあげていくものだ。

普段一月かかるところを、1日でやるもはかなりの無理ではっきり言うとこんなやり方は修行とはいわないと思うが、、、一度やってみたかった。

掃除など片付けをして午後1時半から青経巻・無量義経徳行品第一・無量義経説法品第二・無量義経十功徳品第三・序品第一・方便品第二・譬喩品第三と上げているとさすがに足が痛くなった。このあたりで一巻上げると、ちょっと足をくずししばし、休まないととても持続できない。
足の痛みでお経の内容がよくわからくなってきた。
でもここでやめるわけにはいかない。なんとか夜10時ごろまでかかって従地涌出品第十五まではいったが。。。。。もう無理であった。

しかし、こうして全体を上げていくと壮大な宇宙の大ドラマをお釈迦さまが丁寧に丁寧に説明されているのがわかってきた。こりゃとんでもない力を持ったものだ。ということが体験できた。今の私ではこんなものだろう。と感じ、次はなんとか1日で全巻をやってみようと思った。
 

<<上京弟2日目:釈迦殿・4支部講堂でお経>> 2003年12月14日(日)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)03時45分51秒
  昨日の夜が遅かったので、9時過ぎに起きて、まつながくんの御法座にお茶とお水をあげて、青経巻・12番のお経でご供養をさせて頂き、今回の上京の取り計らいに感謝をさせて頂いた。

それから釈迦殿へ向かう。まず、今回は第4支部の講堂で青経巻を上げさせていただき、「いまを生きる私たちの主張大会」の実行委員長の大役を頂いたお礼とそれがまた大成功の終わった御守護のお礼をさせて頂いた。

次に歩いて5分ほどの釈迦殿へ向かう。ここでもお礼と大会のご報告をし、青経巻・勧持品第十三・安楽行品第十四のお経をあげさせて頂いた、釈迦殿は5時にしまるので、あせってお経をあげていたら、なんと九州のよんちゃんから電話が入った、東京にいることを伝えたが、ここでこうしてお経をあえgたからよんちゃんから電話があったんだと強く感じた。そうしてほどなく、なんと急にまつながくんが横浜の職場から駆けつけてきた。
不思議なことに急に仕事がキャンセルになったので、駆けつけてみたら間に合ったとのことであった。

二人で霊界のご挨拶をして、羽田へ向かい、夕食を二人で食べて名残りおしく彼と別れた。彼はバイクを釈迦殿においたまま私を送ってきてくれたので、彼はアパートメントと逆の方向に向かわないといけない。本当に人のために良く動いてくれる奴だと感謝をした。

また、まつながくんが飛行機の中で「仏説観普賢菩薩行法経」をあげたらいいよ。と言っていたので、福岡に着くまで、40分間は小さな声でお経を上げさせていただいた。

今回は上京してせきぐち先生の家でお父様のご供養を無理だと思っていたのに、まつながくんの尽力でそれがかなった。なんとありがたいことだろうと心より感謝した。
                               (-人-) 合 掌
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

<<いよいよ東京へ/上京弟1日目:せきぐち家でお経>> 2003年12月13日(土)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)03時22分11秒
  朝一番の早朝便で東京へ着く。電車を乗り継ぎ、せきぐち先生の家へと向かう。羽田から2時間以上はかかるので、釈迦殿参拝・4支部講堂への参拝は明日へとのばす。とにかく忙しかったので、昨日は風呂にも入っていない。我慢しきれずに、品川駅の近くのサウナをまつながくんがインターネットで探してくれて、まず東京へ着くやいなや風呂への直行となる。

それからせきぐち先生の家へと向かうと遠くから家の前をうろうろしている人が遠く見える。近づくとせきぐち教授で、いそいそと私を出迎えに何度も表に出てあったとのことであった。

私はすぐにお父様にお位牌と御法名の前に行き、青経巻と成仏経である提婆達多品第十二を上げさせていただいた。

そのあと奥様の手料理をごちそうになりながら、娘さんが夢で赤い龍が出てきておじいちやまが霊界に戻る夢を見たこと。また、さらに夢で大黒柱が消えることなどを夢でもって教えられたことをお話しして頂いた。

また、奥様からはカタカムナのお話しやいろんな偶然が重なり合って、お父様が亡くなられる前に不思議と順序がついてすべてうまく行ったことなどを聞いた。

霊界はすべてを万全に運んできれるのだな〜とここでも勉強になった。

最終電車直前までせきぐち教授のお家にやっかいになり、名残りを惜しんで今度はまつながくんのアパートメントへ向かった。
まつながくんとところに着いたのはもう12時をまわるところだったがたくさんお話しをした。
明日の予定を二人で考えて夜中に布団に入った。

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<<不思議な夢のメモ>>

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)02時28分50秒
    ここで不思議な夢を続けてみたのでメモしておく

○ 池が紫の光と白い光の木々になっている夢

  私は支局長の家に遊びに行くと、これが自慢の庭だと言われて案内される。
  私は池のすばらしさに驚く。

  ブルーの光に覆われた池はだんだん山のようになっていて、紫の美しい光に覆われている。
  その中に白い木々が透明に光輝いてる。あまりの美しさに目覚める。

○ 温泉のお湯がグラディエーションになっている夢

  温泉の入っている大きなお風呂。でも、わき出るお湯が温度によって、色がついていて、
  美しい円を描いている。なんときれいなんだろうと思う。

○ ピンクとライトブルーのふくろうが飛び立つ夢

  毛糸でできたような大きなふくろう。
  頭はピンク色。大きな翼は上が水色で美しい。
  そうして羽のしたは白。
  そのふくろうが大きな翼をひろげて飛び立って行く。
   ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
   これらの夢はなんでしょう?とせくぎち教授に聞いたところ、
   「それは今、はらくんが修行真っ最中でがんばっているから霊界が極楽を
    こんなところだよ。とちょっとだけ見せてくれたんでしょうね。」
    と言われて驚く。

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<<まつながくんの菩提心で上京を決意>>2003年12月6日

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)02時09分21秒
  さて、私の上京がまつながくんよって、霊界の流れにのっていったことに感謝しなければならない。これは私が上京にいたったまでのことである。

私は上京してせくぐち教授の家で御尊父の霊に別れを告げにいくべきかまよっていた。通夜・葬儀はまつながくんががんばって九州会員一同と銘打った「花」を持参しご焼香もしてくれていたので、私は電報で哀悼の意をお伝えさせていただいた。
しかし、これでいいのか?と迷っていたら、なんとまつながくんが自分のお金でぜひ上京するようにと航空券も購入し、準備してくれていた。
まつながくんが言うには

「これはただのご葬儀ではなくて、せきぐち支部の御守護神に
 (いまを生きる私たちの主張大会)が終わったことと大役を頂いたご報告に行くんだよ。
 だから、これも修行と思っていきなよ。何よりもせきぐち先生が落胆されているだろうから
 顔をお見せすることが大切だからさ。
 もうチケット取ったし、仕事の金曜日までに懸命に
 終わらせるのが修行だよ。そうして俺のところに泊まればいいからさ。」

という言葉に背中を押されてせきぐち教授に電話をして13日の土曜にお父様にお経をあげに上京します。というと、

「霊友会は在家の修行ですよ。現実の仕事などを抑えたりすると本末転倒ですよ。
 あくまでも、日々の生活が修行であり、今の経済状況とお仕事はもっとも忙しいはずです。
 私の父は特に(在家)ということにきびしい人でした。
 はしを持つのも歩くのもすべてが修行。お経をあげるばかりが修行ではない。と
 厳しかったのです。だから上京するには及びません。父はそれを嫌うでしょう。

 それに霊界はひとつであり、時空を越えたものです。
 そちらの九州の地からお経を上げていただいているのでそれは父に届いていますよ。
 それで十分です。」

と言われたが、私が

「実はチケットをもうまつながくんが入手して東京からこちらに送ってきてるんです。
 もうあるんですょ。
 それに実行委員長の仕事が終わったご報告をしておきなさい。修行として行ってこい。
 と言うんですよ。」

と言うと急に声が柔らかくなり、

「そんなことを彼はやってくれましたか。まあ、そんな順序であれば父も許すでしょう。
 そうですか。そうですか。とうれしそうだった。しかし、せっかく上京するなら本部の釈迦殿
 と4支部の講堂に参拝をして今度のお役が終わったこととお礼をしっかりお経をあげて自宅に
 来てください。とのことだった。

 私はまつながくんに心から感謝した。これで私の緊急の上京が決まった。
 
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<<訃報を聞く:関口先生の御尊父が霊界に帰られた:>>2003年12月4日(木)

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)01時09分29秒
 
今日は弟に頼まれて、一緒に頭をさげに久留米まで行ってほしいとのことで、私は忙しいながらも頭をさげるのはさんげだから、これも仕方がないと同行した。
すると謝るというより、相手の社長さんの話しが霊友会の話しのようでおもしろくて仕方なかった。その社長さんがおっしゃるには、
「この世のことはすべて縁によって起こっている。だからどんな縁も大変貴重なんだ。
 すべては縁によっておこる。それに気がつかないといけない。
 そうして、この世では質素倹約が一番だ。お金を生かすことを多くの人はしらない。
 うまいものを食えば身体は病気になる。ぜいたくはすればするほど、こわれるんだ。
 あんたの弟は年若くして大金を取るようになったが、お金を生かすことに気がつかないで、
 今の状況にある。しかし、これは学びのときであり、若いのだからこれからだ。
 お金は追っては逃げる。生き物だから、もうけたら少し、大切に休ませてやるんだよ。
 お金は追っては逃げる。懸命に努力した賞状と思うことだよ。
 そう考えるとお金を大切にしようと、お金を生かそう。人のために生かそう。と考えはじめる
 そうするとまた、お金が寄ってくるんだよ。」

と楽しくお話しをして、さすが億万長者だ。霊友会のようなことをおっしゃると感じながら自宅にもどったら、なんと電話が入っていて、

せきぐち先生のお父様が今日96才で大往生されたということを聞いた。

私はあー。第4支部の支部長さんだからきちんと4日に霊界に帰られた。でもどうしようか。上京したくてもお金と仕事がネックで無理だな〜とぼんやりしていた。

とにかく、せきぐち教授のお父様の御法名を聞いてお経をあげようとお電話をさせていただいた。

なんと不思議なことにお寺の戒名の第一字目も「寿」で本部から出された御法名も第一字目に「寿」が入っていたそうだ。

本部からの法名は「寿生院忠作導徳善士」ということをお聞きし、12番の「提婆達多品第十二」で霊界に無事にお戻りなりましように。私のお経が霊界への道を照らす灯明となりますように
とお経を上げさせていただいた。

これから、私は不思議な力で東京までいくことになる。これは私がお導きをさせて頂いた「まつなが君」の大活躍が始まる。本当にお導きをした者に私は救われることになるのだ。

                                   (-人-) 合 掌

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<<大窮地!これが功徳?さんげこそ、仏の道であった>>

 投稿者:おんぴこりん  投稿日:2004年 1月 3日(土)00時39分15秒
  『激動の12月のことをまとめて書いておきます。読んで頂いてある方にぜひ、この霊界の動きを感じて頂 
 きたいです。 (-人-) 』

2003年12月1日(月)

昨日「いまを生きる私たちの主張大会」を終えてほっとしたいと思ったら、主張大会でトラブルが起きていて、私は昨日、夕食ものどを通らない状態になり、せきぐち関口教授に電話をして説明した。ところが、関口教授はいたって冷静で、ひとこと。

「功徳がでましたね。功徳ですよ。」
さらに、
「この世では偶然、(いまを生きる私たちの主張大会)の実行委員長ぐらいにしか見えないけれども。これは霊界の計画した仏の集いであり、その長であるあなたにそのような問題が起こる というこをよく考えてください。霊界の計画した大事業を終えたのです。あなたはその大役を終えたのですが、どうしても、鼻が天狗になり、これを増冗漫といい、あたかも霊界が計画した仏の集いを自分がした。やりぬいたのだ。という心にすきができ錯覚するんです。

この教えはすべてのものを洗浄するさんげの完成のためにさせて頂いているのですからそのような心になっていいけないのです。
だから、霊界はだめ押しのさんげの完成をあなたにせよ。ということを功徳として与えたのでしょう。

この大役を行わせて頂くことであなたの生まれた両家の持っている罪業なども成仏するようになっているんですね。それなのに、天狗になり、心に隙ができてはいけない。仏はそこまで、考えてその問題を解決して、ようやく大会の完成とするのです。

明日の朝、切り札の「仏説観普賢菩薩行法経」を上げて、さんげを霊界にしてすぐに謝罪にいくことです。」

とのことで、朝5時に起きる決心をして、朝から「仏説観普賢菩薩行法経」をあげて、夕方すぐに謝罪に行った。なぜか、不思議と一緒に職場の管理職まで心配されて同行してくれ、素直に自分の考えを謝罪すると良く理解されて頂き本当におさまってしまった。

職場の管理職まで同行してくれたことも大きな不思議であり、すぐにおさまったことも不思議以外の何ものでもなかった。

夜になり、家に戻り御法座にお礼のお経をあげる。そうして関口教授に電話をしてご報告した。すると、

「よかったですね。実は私は若い頃はじめて九州の地で同じような大会のために、熊本に何度も東京から足  
 を運び、準備したんですね。
 それがやはり、12月1日でした。私はすぐにそのことを思い出し、11月30日で修行は終わらない。 
 だめ押しの1日があると感じたわけですよ。よかったですね。
 管理職の方まで仏は同行させてくれたんですね。霊友会とは何も関係ないのに。
 霊界の計画はこのように完璧なんですよ。」

 そう言われて、ようやくほっとすることができた。   (-人-)合 掌

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<<平成15年いまを生きる主張大会成功・インナートリップセンター>>                         2003年

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年12月 8日(月)01時32分14秒
  いよいよ。今日は当日(*^o^人^o^*)平成15年いまを生きる主張大会の開催だ。
会場は12時、開演は13時であるが私たちは9時半に集合してリハーサルである。3人の主張者もこられている。今回はフィリピンからも参加されいる。私はいろんな方たちに頭をさげて挨拶をする。スタッフとご奉仕の方たちが集まったので、全員いっしょに私が導師となり、お題目を三唱し今日の成功を祈念する。さらに私の言葉で緊張しながら、今日1日が万全の体制で来られた方が喜んで帰られるようにがんばりましょうとお願いをする。

リハーサルが始まる、青年部の元気の入ったソラーン節だ。
天候は曇りからだんだん晴れて来た。天窓から太陽が差し込んで来る。このまま、午後までもってくれよ。と祈る。

主張者の一人のフィリピン人のミランダさんが挨拶に来られる。今日は息子も呼んでおられるとのことで、発表原稿はすべて日本語をローマ字にして何度も何度もまた練習に励まれていた。

あっという間に開演の時間が来た。緊張が高まる。最初は私の言葉からはじまるからだ。
実行委員長の原があいさつをいたします。と司会が告げる。
私は壇上で深々と頭をさげる。大きな拍手に驚く。。。。。。

「法華経は聖徳太子〜最澄〜日蓮聖人〜久保角太郎恩師と流れてきました。
 最初に日本をこの法華経の精神でまとめようとされた聖徳太子は
 『和(輪)を持って尊しとなす』と憲法第一条を作られました。しかし、
 今はいろんな問題があります。しかし、プロジェクトエックスを見られても
 わかるように人間には叡智を持って問題を解決できます。しかし、私たちは
 叡智以上の仏の智慧を持っているのです。いわんや法華経をや。。。
 今日の3人の主張も大きな窮地で¥をこの法華経の力で乗り越えられた体験です。
 どうぞ、みなさんのお力になることを祈ります。」

やっとのことでこれだけの挨拶をさせていただき、緊張の糸がほぐれた。オープニングに懸命な
ソーラン節を見ているとなんだか涙が出てきた。本当に多くの方がこの大会のために懸命に努力をされたのだ。あっという間にすべてが終わり、いよいよフィナーレまでやってきた。
世界でひとつだけの花を手話の歌でみんなでやる。

すべてが終わり、べっきさんがかたい握手をしてくださり「お疲れさまでした」と言われた。
なんとも心地よい疲労感が浮かんでくる。

私はようやく家に戻り、安堵をしていたところに、電話が入り、大きな問題が起こっていたことを知らされる。しかし、これによって私はだめおしの修行をさせられることになった。

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<<いまを生きる主張大会準備・インナートリップセンター>>                         2003年11月29

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年12月 8日(月)01時00分37秒
  ○ 平成15年 いまを生きる主張大会 緊張の前日 ○

明日はいよいよいまを生きる主張大会本番。3月から準備がはじまり、私は東京へ上京して会議に出させて頂いたり、実行委員さんたと運営会議を行ったり、青年部のオープニング・エンディングの打ち合わせなどをさせていたり、原稿を選考し、面接をしたり、といろいろ修行として、霊界の集いの仕事として行わせていただいてきた。それがいよいよ明日だ。緊張感が高まってきた。

私は実行委員長に選ばれたのは原家にあるいろんなものがこのお役をまっとうすることで大きく
変わって洗浄されることだと考えて行わせて頂いて来た。また、50名を越える人たちがその下で準備会議など打ち合わせを行ってきてくれた。託児室と催しの係・駐車場係・などあげればきりがない。本当に多くの方々が黙々と自分の行と考えられて遅くまで、あるいは休みを返上して約1年間準備をして頂いた。明日は東京から常任理事の方も講話をしに来られる。

私は2時頃今年初めての会場インナートリップセンターへ行った。支局長をはじめ、みんなで、椅子を500席ならべたり、ちびっ子シアターや託児室の準備など懸命に行い、終わったのは、
5時。私は最後に御法座室へ行き、青経巻をあげさせてもらった。明日の成功、天候・安全など
「明日はどうぞ、天候に恵まれ、動員数もあふれ、内容の光あふれるものになりますように。」
と念願を込めた。
天気予報は雨の予報、、、、困ったな。まず天候で霊友会は、そのありようを判断されるものな〜。どんなに雨の予報でも、本当に霊界の求めるやり方のそっていれば、晴れるようになっているもんな〜。観音経で天候の念願を今回はしていないからな〜。などとだんだん不安になってきた。

夜になりせきぐち教授から電話があり、心強いことを言われた。
「天候は屋内で行う行事ですから、心配しなくていんです。それよりも、原さんに縁のある方が
参加されるようになっているので、その方たちが、菩提心をもって帰られるように念願をしてください。そうすることによって福岡をはじめ大分・佐賀・山口など九州の因縁が解決するように
そのような念願が霊界に通るでしょう。」とのことで私は家でもう一度お経をあげて念願をさせて頂いた。

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 <<くげさん宅の集いに母・みのるくん参加>> 2003年11月23日(日)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年12月 8日(月)00時34分37秒
  ○ 私は仕事だが、毎月23日はくげさん宅での集いである。私は母が参加したいと言っていたので、仕事 
  を少々抜け出して駅まで迎えに行き、空港経由して迎えにきてくれることになったくげさんの車を待っ 
  た。空港経由になった理由は今日の集いには東京からくぼ支部長も来られるとのことであった。
  待つことしばし、してくぼ支部長を乗せたくげさんの車が来たので、母をお願いして私は仕事先へと
  戻った。

  そこへ弟のみのるくんが仕事のめどがついたので、くげさん宅へ行ってみるとのことで、そのあと母を
  実家まで送ってもいいとのことなので、ぜひ、くげさん宅の集いに参加するように道順を教えて、
  「ああ〜今日は普段参加しない弟も参加できてよかった。」と安心して仕事をしていた。

  そこへ緊急とのことでたなかひであきさんから電話で、どうしてもくげさん宅へお邪魔したいのこと。  
  理由を聞くと昨夜、ご両親に霊友会をさせてほしいというと許してもらえなかった。ということであ
  る。
  
  私はくげさんに電話をして今からやりますとお願いをする。どうもこれは私は今日はお邪魔するつもり
  はなかったが、行かないわけにはいかないと考えて、仕事を他の人にたのみ、
  無理をしてくげさん宅へと向かった。1時間近くかかり、なんとか届いた頃には、くぼ支部長は東京へ 
  弟は母と実家へ引き上げていて、たなかひであきさんだけが泣きはらした目で、くげさんと談笑してい
  た。
  
  せっかくだからとくげさんとたなかさんと青経巻を上げさせていただき、許してもらえなかった理由を
  聞くと、突然夜中の3時にご両親に頼んだことや、夜中2時頃からお経をあげていたことなど順序が違
  うことがわかってきた。

  まず許していただくために、一定の修行をするように言っていたことや生活をただすことなどすべて忘 
  れて、自分の感情のたかまりだけでお願いしていたことなど、たなかさんに話して、夜中に何をたのん 
  でもそりゃだめだよとか一般的な礼儀からきちんとやらないと霊界が許すわけがないとお話しをした。

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 <私の自宅で「11月の集い」2003年11月22日( 土)>

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年12月 5日(金)01時20分18秒
  ○ 今日は休日出勤で代休が25日(火)になる。しかし、明日もあさっても仕事なので、この連休は25 
  日のみの休みしか取れない。仕方ないこれが人生だなあ〜。
  などと言っている場合ではなく、今日は私の家での集いである。何人参加してくれるのかいつも気がか 
  りになる。
  多くの会員さんに参加していただきたいがなかなか法の仕組みをわかっていただけないので、うなくい 
  かない。目に見えないことなので、仕方がないが、仕組みは次のようになっている。
 
  私の家の集いにもご先祖をはじめ、集いのために派遣された護守護神が来られる。それだけでもたいし 
  たものだと思うが、それが、せきぐち先生の法座に伝わる、それが4支部の護守護神へとつながる、さ 
  らにそれが、本部の護守護神へとつながる。このように、「よくきたな。」と来れば来ただけのものが
  頂けるようになっている。私のところに来ても現実的には、一緒にお経をあげて、それぞれの会員がい 
  ろんな話しをしたり、お茶をしているだけで終わっているように感じるかもしれない。しかし、これは
  「集う」ということは大きな修行であり、それぞれが持っている因縁を感じることができるようになっ
  ている。あくまでも修行である。おもしろくないのは実は当たり前なのだけれど、目に見えない世界の
  ことなので、多くの方が会員でありながらも、なかなか自分から動かれない。ところがいざ、我が身に 
  かかることが起きると来られる方がふえる。

  この大法は自らがすすんで、自分のために行うものであり、人を見て行うものではない。あの人がこう
  だとかめんどうくさいとかは大きな筋違いであって、感じたことは感じたことっとして、発言すること
  により、集いが活性化され、そこに自分の姿を見せられるようになっている。そこで、魂の成長があ
  り、魂が成長すると自分の周囲のものごとが信じられないように変化するようになっている。
 
  「自らが信念を持って自分のもつたものをさんげし、解決する。」これが本来の目的である。
  なんとかそこのところを会員さんにご理解頂き、お互いが啓発しあい、本当に霊界からの結果を頂いて
  いただきたいと感じる。

  今日の参加者は、母(11キロの峠を歩いて電車にのって懸命の参加)障害を持った弟たなかひであき
  さん、である。それでも、峠を2時間も歩き、実家から歩いて参加していただいた母には感謝すべきだ
  とはじめて感じた。

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11月18日(火)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年11月19日(水)21時58分13秒
  AM5:55 青経巻・随喜功徳品第十八・観世音菩薩普門品第二十五・陀羅尼経

今日は大恩師、久保角太郎先生のご命日である。全国でそのご法要があっていると思う。私は頑張って5時40分頃起きだし、お水とお茶を変え、青経巻・18番・観音経・だらに経をあげた。そうして、お導きはさせていただいているが疎遠になっている会員さんへ思いをこめて手紙を書かせていただいた。

夜になり、昨日ご連絡できなかったせきぐち先生へ電話をすると、いろんなお話しとなった。 



○ 私の実行委員長のお役のこと

  私の「いまをいきる私たちの主張大会」のお役は娑婆的に見ると、昨年主張者だったからとか、偶然会 
  議で押されたからなったように見えるけれども、そうではなく、霊界に認められ  たからそのお役に
  なっている。霊界からこの行事を見ると法の集いであり、そのまとめ役を  頂いている。だから、い
  ろんな困難が出てきて修行させられるのは、あたり前のことです。  しかし、どのような困難があっ
  ても、それを乗り越えることにより、今までのよくないもの  やそれを妨害する大六天の魔王もまで  
  も成仏ができる。この法華経はとんでもないもので、悪魔も祓うのでなく、成仏して頂き、善神になっ
  て頂くとんでもない教えですよ。その大役ですから、しっかりやってください。との事。

○ 弟をはじめ会員にお導きの修行をさせること

  私も弟にはしつこいくらいにいろんなたとえを話してとにかくやってごらん。確実に状況は変わる。
  お経千巻、二千巻ぶんくらいの力が出るなどとお話しはするけれども、なかな
  か会員はその修行ができないでいる。それについて。。。。。。

  今年は平成15年であり、法華経では涌出品で、これは多くの如来や菩薩があちこちに湧き出ている年
  です。それは過去世にそのような修行をしているものが多くいらっしゃる。その人たちをお導きし、過  
  去世での修行の力を発揮させること。これが大切です。との事。


  また、真剣に会員にお経をあげて頂き、誰にこの法の話しをするのか、霊界に教えてもらうこと。必
  ず、この人という人が現れる。その方に丁寧に法のお話しをしてお導きをさせて頂く。義理などで
  お導きしようと思っても、霊界は通らない。その人の信念の強さが霊界を動かすのです。また、いろん
  なことが壁となって立ちはだかってても、法華経には最後の一幕が準備されている。霊界を信じ切って
  やれば、99パーセントだめなことも、最後のぎりぎ  りのところでひっくりかえる。9回ツーアウ
  ト、満塁。カウント、ツースリー、まで、ぎり  ぎりの修行をさせられます。しかし、最後の一幕が
  必ずありますよ。

  

などと、長い長いお話しをまたしてしまった。また、さらに、親類のよんちゃんの御法名などすべて私のところに送るので、指導をお願いしますとのことであった。また、ふじとさんの御法名もお送りするので、知っている人だけでよいから念願をするようにとのことであった。いつもせきぐち先生やなつながよしろーさんなど法の話しになると2時間くらいあっという間にたってしまう。

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11月17日(月)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年11月19日(水)21時51分28秒
  青経巻・分別功徳品第十七・観世音菩薩普門品第二十五  

弟の状況をせきぐち教授に連絡しようと思っていたが、家に戻ると入会して2カ月目のたなかひであきさんから連絡で非常に悩んでいたので、私の体験ともども励ましの言葉をかけると22日の集いに参加します。とのことで、丁度、彼の家の総戒名も届いていることを話し、私も急いでお経をあげた。お経が終わると同時に彼からまた電話で今、お経をあげ終わりとってもおちつきました。と私のお経が終わると同時に連絡があった。しかし、2時間も電話していたので、12時近くになり、せきぐち先生への連絡が明日になった。

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<<インナートリップセンターで準備>>  11月16日(日)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年11月19日(水)21時49分40秒
  インナートリップセンター:青経巻
青経巻:如来寿量品第十六・観世音菩薩普門品第二十五   

今日の予定は弟にトラブルが起こっているので、実家に戻り、産土の神様に参拝をして、実家でもお経をあげようと思っていたが、昨日夜遅くまで起きていたので、朝の時間がなく、今日はいけないな〜。と不安な思いの中にいたら、「いまをいきる私たちの主張大会」の副実行委員長である、ひらかわさんから電話を頂き、インナートリップセンターで、オープニングとエンディングの練習をしているけれど、青年部も少ないので、ぜひ、実行委員長顔見せにきてください。とのことで、インナートリップセンターへ急いだ。丁度、私も当日のプログラムに載せる「あいさつの言葉」を書いていなかったので、私はそれを書き、みなさんに挨拶に行った。少ないながらも、なんとか、これまでにない大会にしようと赤いはっぴを着て汗だくになって手話の歌とソーラン節の練習をしてあった。このように懸命に来る人のために、泊まり込みでがんばってあるので、私お多くの人にご案内をするとともに当日の成功の念願をしないといけないと感じた。練習が終わり私はそのまま、御法座室で青経巻を上げさせて頂いた。

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11月15日(土)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年11月19日(水)21時46分17秒
  青経巻:従地涌出品第十五

今日は、本来休みのはずが、お昼から仕事が入り、お昼頃職場に行った。仕事が終わり、丁度、誰もいない時間になったので、コップにお水三つを用意して、自分の部署の部屋に行き、青経巻を上げさせて頂いた。夜になり、風が強くなり、人に見られたくないので、カーテンをしめてお経をあげていたら、如来寿量品十六のところで、誰かが、こつこつと窓をたたいた。知らないふりをして、続けた。お経が終わり、鍵をしめに戻るとまた、ガラスをたたく音がしたが誰もいなかった。風か、誰かが遅くまで電気がこうこうとついていたので、見に来たのかな?

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<<くげさんの家の集いに参加>> 2003年11月12日(火)

 投稿者:yasushi@おんぴこりん  投稿日:2003年11月16日(日)12時40分55秒
  くげさんの家で行われる、集いに先月から参加させて頂いている。今日は私一人の参加になるだろう。と職場を早めに出て急いだ。車を運転していると、まつながかおりさんが連絡してきて、

「自然と仕事が今、終わったおで、おいかける。」とのことだった。

私がくげさんの家に飛び込むと、もう時間が過ぎているので、お経ははじまっていると思っていたら、なんとご丁寧にみやけさん夫妻とくげさん夫妻は、お経を待ってあった。

くげさんの導師で約1時間かけて青経巻でご供養をさせていただき、調度、青経巻が終わったときに、
かおりさんも到着した。

お経が終わり、法名についてのそれぞれの体験談や、昨日のいむら家のことなどをみんなで、楽しく、お話して10時すぎまでお邪魔してしまった。私の家での御法座もこのように楽しいものにしたいと強く感じた。



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