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みなさま

 投稿者:茂木健一郎  投稿日:2005年11月24日(木)09時39分25秒
  ご感想、ありがとうございます。

shibaさま、拝読いたしました。

確かに、携帯音楽プレイヤーは偶有性のもとになりますね!

http://www.qualia-manifesto.com/nouseiri.html

 

ひとこと感想です。

 投稿者:ゆず  投稿日:2005年11月14日(月)22時28分26秒
  『「脳」整理法』という本をネットから知ったのですが、どうのようにして行き着いたのか、どうしても思い出せません。本当に、私が偶有性を好むからこそ、とてもいい本に出あえたんだと実感しました。
本書を読んで、ディタッチメントの目で物事をとらえる能力を身につけたいと、強く思いました。それさえできれば、すこしはつらいこともつらくなくなるように思われます。
また、「あわい」という言葉も心に残りました。
あきらめないで生きる気持ちになりました。どうもありがとうございました。
 

偶有性の海は“生死の海”

 投稿者:銀鏡反応  投稿日:2005年10月11日(火)18時27分10秒
  「『脳』整理法」の2度目の精読をはじめています。1度目の精読で不幸という名の、人生におけるエントロピーの増大に抗してゆかなければ、幸福も幸運も掴むことはできない、という一つの結論を導き出すことができました。それにしても人間が生きている世界というのは偶有性の海である、と本書で茂木先生は言及されていましたが、見かたを変えれば、それは“生”と“死”が隣り合わせで同居しているまさに“生死の海”なのだと思います。私達は生まれてスグに、この生死の海にいやでも放り出されているわけですから、みな心の奥底では、この海を必死で泳ぎきって、できれば充実した死をむかえたいと思っているのだろうと思うのです。でも、何が起こるのかわからないのがこの人生。先生は本書で、いっそのことこの偶有性の海であるこの人生を不安に思うよりは、むしろ楽しんでしまいなさい、と厳しくも勇気のあるメッセージを発してくださっています。
私もこれから腹をくくって、この書にあるように偶有性に満ち溢れたこの人生の海をみごと泳ぎきって、価値ある生を全うしたいと思います。
かかる素晴らしい書を書かれた茂木先生は、きっと意識とクオリアにおける新たな発見もしくは概念を確立されるものと期待しております。
茂木先生の今後の素晴らしきご活躍を衷心よりおいのりいたします。

http://blog.so-net.ne.jp/pandora-box/

 

第1回読了

 投稿者:銀鏡反応  投稿日:2005年10月 4日(火)19時46分38秒
  茂木健一郎様
先日、やっと新橋のTSUTAYAにて「『脳整理法」を購入し、きのう第1回目の精読を終えました。
さすがに私には、読み応えのある高度な内容で、読了するのに大変なパワーが要りました。
本当に素晴らしい整理法の本です。
人の脳にしか出来ない、それこそ生命の歓喜(エラン・ヴィタール)に密接に結びつく整理法を茂木さんはこの本で指南されています。
その中で私の印象に残った、2つの箇所があります。
ひとつは、「確実に不幸になる方法はたくさんあるが、確実に幸運になることのできる方法などない」(p.095)という箇所です。最初にここを読んだ時、私は、確実に幸福になるべく自分が今まで学んできた「生きかた」を全面否定されたような気がして、頭の中がぐちゃぐちゃになりかけました。が、冷静になって読みすすめているうちに、「幸せは、無秩序に抗することしか生まれない」との文にあたり、ああ、そうか、自分が今まで学んできた生きかたも、「不幸」という名の無秩序に抗う為の、極めて有効な方法の一つなのだと知り、やっと納得できました。人生で幸福や幸運を得るには、一生かけて「不幸」と抗わなければいけない。そういう意味で、人生はやはり戦いなのだと深く思うことが出来ました。
もうひとつは、人間生きていく上で、コントロールできるものとそうでないものがあるという箇所です(p.101〜103)。
他者の心は自分の思う通りには出来ない。そこを心得ない人は大抵不幸になるのは事実なんですよね。歴史上、あまたの独裁者が最後には滅びていった原因も、その心得違いに起因するものと思われます。独裁者は本来コントロールできない民衆の心を、絶対にコントロールできると「盲信」して、なんとか操ろうと策を廻らした挙句、結局は民衆を不幸にし、最後には自分も滅びていく。
偶然と必然の微妙な「あわい」を脳でどれだけ読み取るかによって、バランスのいい生きかたができる・できないが決まってくるのだろうと思いました。ここまでが第1回読了の感想です。
この「『脳』整理法」はおっしゃっているように、情報の洪水によって、脳が悲鳴をあげている私たち現代人にとって、極めて大きなアドヴァイスになる本だと思います。
本当に有難う御座いました。2度目の読了が完了したら、またここに書かせて頂きます。
今回はこれにて失礼させていただきます。
 

東京の非異邦人

 投稿者:トム  投稿日:2005年10月 4日(火)01時59分11秒
  茂木サマ、はじめまして。
「脳」整理法が私にネット上での知人を増やしてくれました。ありがとうございます。
下のshibaさんもそうですし、
茂木さんのブログにコメントされていたhoddyさんもそうです。
これからも偶有性のもと、ネットワークが広がることを期待しております。

さらに「脳」整理法は
最近何事にも法則性を求めていた私に
不確実性を楽しむ余裕を教えてくれました。
かさねて感謝です。
 

偶有性について

 投稿者:shiba  投稿日:2005年10月 2日(日)09時28分27秒
  contingencyというと、仕事で「何か起こった時のための原資として〜%はcontingencyを見ておこう」というふうに使われることが多くて、この単語にあまりポジティブなイメージがなかったのですが、この本の中でのcontingencyは、同じ単語でも、その言葉の持つ意味合いがまったく変わり、そのギャップ自体もまた、楽しいものだなと感じました。偶有性について、少し考えたことをブログにアップしてみました。ご笑覧いただければ幸いと存じます。→ http://blog.livedoor.jp/qualian1217/archives/50178011.html

http://blog.livedoor.jp/qualian1217

 

戸津さま

 投稿者:茂木健一郎  投稿日:2005年 9月24日(土)05時49分11秒
  ありがとうございます。

絵を描かれているのですね。
偶有性に満ちた絵、というのが、
確かにあるような気がしますね!

http://www.qualia-manifesto.com/nouseiri.html

 

遇有性

 投稿者:戸津 真也  投稿日:2005年 9月23日(金)21時26分18秒
  とても面白かったです。
遇有性という切り口が新鮮で
世界の見方の未整理な部分が少しスッキリした気がしました。

http://www.geocities.jp/tozu1971/

 

mistさま

 投稿者:茂木健一郎  投稿日:2005年 9月23日(金)11時00分52秒
  contigencyって、いいですよね!
ぼくもひびきが好きです。

コンと固く来て、ティンジェンとしめっぽくいがらっぽい感じになって、
最後に「シー」とさわやかに抜ける感じが好きです。

http://www.qualia-manifesto.com/nouseiri.html

 

銀鏡反応さま

 投稿者:茂木健一郎  投稿日:2005年 9月23日(金)10時59分34秒
  ありがとうございます。
脳の使い方に自覚的にならざるを得ない
時代なのかもしれませんね。
お読みいただいたらまたご感想をお寄せくださいませ。

http://www.qualia-manifesto.com/nouseiri.html

 

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